日本キリスト教団 士別教会と つくも保育園の歩み
第4回
園長 伊藤善彦
つくも保育園は、発足時責任者の細海牧師が、病気入院という不測事態のため、園長不在で事業が開始された。和寒教会員の佐藤章子姉の保母職員(無資格)と教会堂隣りの早川のお婆ちゃんによって、何とか初年度を運営することができた。やがて細海牧師が退院して来て、牧師業務に復帰し、次年(昭和44)度は、細海園長が中心となって、4月から2年目が始まった。ところがである。予想もせざる衝撃的な問題が持ち上がった。
この年6月30日、
全くの抜き打ちで、私と市長は昵懇の間にもかかわらず、市長からこの事で一言の相談も受けていない。しかも元もと、私宅建築を目的とした土地であったが、父が自分達の礼拝堂が欲しい、という願望によって、俄かに目的を変更して礼拝堂を建てたのである。代りの宅地を何時確保出来るか見通しがないので、現在の住居から移転を求められている折から、場合によっては、一時しのぎの緊急假住居を建てることになるかも知れない。そのために、半分空けてある土地であるから、市の使用に供することはできない、と断った。廣田部長は、実際に使用するわけではない。飽までも市の建造物であるから、違法建築を避ける合法化のためで、絶対に使用はしないと言明された。私は、その時既に
そこで、使用しない物から料金を貰うことはできない、と賃貸料の項に横線を二本引いて、無料とすると訂正させて、貸主乙、伊藤善彦に押印した。
教会役員会でこの事を報告して、今年きりでつくも保育園は閉止することを提案した。
細海牧師、八鍬夫人は市の仕方はひどい、と憤激されるのを、住民本位に考えて下さるよう説得して、その後隣接して建設が進む「北星保育所」を見詰めながら、2年間に及んだ、つくも保育園は、11月閉園したのである。
…………………… 以下次回
つくも保育園「園だより」2004年9月号より