日本キリスト教団 士別教会と つくも保育園の歩み
第3回
園長 伊藤善彦
1968(昭和43)年6月1日づけで発足が決まった。“つくも保育園”の開園間近になり、園長就任の細海牧師が、高血圧のため急遽小樽の病院に入院してしまった。後を託された、運営委員の八鍬孝子さんは、前年11月末で閉所した、公民館付属の元婦人会館で、中央婦人会(田渕会長)が所長として、運営してきた“すみれ季節季節保育所”の入所案内や昭和42年度の保育日誌などを借りて呉れた。これを参考にして私が、「お母さまへ・つくも保育園」という入園案内をガリ版で作成した。
内容は登園時間、早朝7時半、普通8時半。退園は普通4時、居残り5時。続いて標準日課表、更に、おねがいすることあれこれが8項目掲げてある。保育料は、一律1200円に教材費100円、母の会費100円となっている。
細海牧師は入院前に、この年3月に高校を卒業した、和寒伝道所の信者である、同町の佐藤章子さんを保母として採用することを決めていたのである。事務的な仕事は私が協力するが、事実上保育の任に当るのは、園長不在なれば、いきおい佐藤章子さん独りの肩に掛かるわけだ。取りあえず、和寒の自宅から牧師館の小さい方の部屋(4畳半)に引っ越して来た。全くの無経験だから、名寄教会に頼んで、1週間程幼稚園の見習いをさせた。
かくして『道北日報』紙に、5月23日、と28日の2回園児募集の広告を出した。6月1日の開園式に当って、30名の入園児を迎え入れたのである。佐藤章子さんは、オルガンを踏んで、孤軍奮闘である。園長不在での発足で、どうなることかと不安で一杯であった。私はこの時、既に家業の染物業を継いで10年そこそこの未熟者の上に、ヒョンな切っ掛けで1年半程前から、
そこで、どんなに佐藤章子さんが、天与の能力に恵まれていたにしても、独りで30人の児童を捌くことは不可能である。細海牧師の熱意で始めた事業であるが、当の責任者が居らないのである。然し神様は艱難の石を速やかに取り除いて下さるのである。
細海牧師士別伝道所就任第1号の受洗者、早川絹子さんが、始まったつくも保育園の様子を心配して隣から見に来られ、佐藤章子さんが、独りでトイレにも入る暇もないのを目の当たりにして、進んでお手伝いを買って出られたのだ。細海牧師は置土産を残されたのである。園児には、毎月フレーベル館(賀川豊彦顧問)発行のキンダーブックを渡した。武井武雄(子ども用の絵に童画と造語した人)や初山滋など超一流の画家が作品を寄せ、私も一部ずつ買って置けば、と今悔んでいる。
…………………… 以下次回
つくも保育園「園だより」2004年8月号より